正解:1. 和辻哲郎
解説:
和辻哲郎は、日本におけるハイデガー哲学の受容と翻案において中心的な役割を果たした哲学者です。彼の代表作『風土』では、人間の存在を自然的・社会的環境との関係のなかで捉え直す試みがなされていますが、その背景にはハイデガーの存在論、とくに『存在と時間』における「世界内存在」や「現存在」の概念が色濃く影響しています。また、和辻はドイツ留学中にハイデガーと面識を持ち、彼の講義を聴講したこともあり、ハイデガーの存在思想と日本的思想(特に禅など)との対話を試みました。
なお、西田幾多郎もドイツ哲学に深い関心を持っていましたが、彼は独自の「純粋経験」や「場所の論理」による思想体系を構築しており、ハイデガーの直接の影響とは言いがたいです。坂口安吾は文学者であり、哲学的思索は含まれるものの、ハイデガーとは無関係です。久松真一は東洋思想を専門とし禅哲学を展開しましたが、ハイデガーの思想との直接的な影響関係は限定的です。
まとめ:
マルティン・ハイデガーの哲学は、「存在とは何か」という根本的な問いを再考することにその核心があります。彼は1927年に刊行された主著『存在と時間』の中で、この問いを「存在の問い」として哲学の中心に据えました。ハイデガーによれば、西洋哲学の伝統は「存在するもの(存在者)」については深く探究してきたものの、「存在そのもの」の意味については忘却してきたと指摘します。彼の目的は、この「存在忘却」を乗り越え、「存在の意味」を明らかにすることでした。
そのために、ハイデガーは「現存在(Dasein)」という概念を用いて、人間存在の特異性を分析します。現存在とは、「自らの存在を問題とする存在」であり、人間だけが「存在するとはどういうことか」を問う存在であるとされます。彼はこの現存在の分析を通じて、存在の時間的構造を明らかにしようと試みました。
時間性(Zeitlichkeit)はハイデガー哲学において重要な役割を果たします。彼は、人間存在が未来・過去・現在という三つの時間的方向性の中で常に構造化されていると考えました。特に「死への存在(Sein-zum-Tode)」という概念によって、死を自分自身の限界として引き受けることが、真の自己理解に至る鍵であると論じます。
また、ハイデガーの哲学は後期になると、「存在の歴史(Seinsgeschichte)」や「言語」に重心を移していきます。彼は言語を「存在の家」と呼び、存在は言語を通してしか現れないと考えました。ここでは、詩的思索や芸術が重要な役割を担うようになります。
ハイデガーの思想は難解であるとされながらも、20世紀の哲学に大きな影響を与えました。実存主義、現象学、解釈学、構造主義、ポストモダン哲学など多くの思想潮流において、彼の哲学は一つの基盤となっています。
参考文献:
マルティン・ハイデガー著(1927)『存在と時間』(2013 高田珠樹訳)作品社
大橋良介編(1994)『ハイデッガーを学ぶ人のために』世界思想社
宮原勇編(2012)『ハイデガー「存在と時間」を学ぶ人のために』世界思想社
高井ゆと里著(2022)『ハイデガー 世界内存在を生きる』講談社選書メチエ
轟孝夫著(2023)『ハイデガーの哲学』講談社現代新書
ハイデガー・フォーラム編(2021)『ハイデガー事典』昭和堂