元禄文化（学問）のことがよくわかる！クイズ10問

【正解】3

【解説】

朱子学は南宋の朱熹が大成した新儒学で、理気二元論や性即理、居敬窮理を中核に据え、君臣・父子・夫婦の「三綱」や「五常」などの道徳秩序を重視します。徳川幕府は、身分と上下関係を明確にする名分論（「上下定分の理」）が封建秩序の維持に有効であると考え、朱子学を統治理念として厚く保護しました。江戸前期には林羅山・林鵞峰らが幕政に儒学的枠組みを提供し、湯島聖堂（のちの昌平坂学問所）を中心に官学として整備されます。さらに寛政異学の禁（1790年）によって朱子学が正統とされ、諸藩の藩校教育にも広がりました。その結果、忠孝・礼節・倹約などの徳目が武士と庶民に浸透し、社会規範の共有に寄与しました。これに対して、行動重視で反権威的と見なされやすい陽明学、皇室中心の国学、技術実学としての蘭学は、統治の根本理念としては採用されにくく、幕府にとっては朱子学が最も適合的であったのです。

【正解】2. 新井白石

【解説】

新井白石（1657–1725）は、木下順庵に学んだ門人で、朱子学を基礎とする博識の儒者です。白石は6代将軍・徳川家宣の侍講（学問の指南役）として登用され、側用人の間部詮房とともに政治運営に深く関与しました。家宣から7代家継期にかけて推し進められた改革は「正徳の治」と総称され、元禄期に混乱した財政・貨幣・外交の是正を目指しました。具体的には、貨幣の品位を是正する改鋳、長崎貿易の数量・品目を統制する「海舶互市新例」（対外交易の抑制とバランス回復）、朝鮮通信使の待遇簡素化（過大な接待負担の軽減）などが挙げられます。さらに、白石はキリスト教禁制下で来日した宣教師シドッチの取り調べを通じて西洋知識を整理し、『西洋紀聞』『采覧異言』を著すなど、知的関心の広さでも知られます。史書批判の『読史余論』や自伝的随筆『折たく柴の記』も重要な著作です。

【他の選択肢】

• 荻生徂徠：古文辞学派の思想家で、主に8代将軍吉宗に仕えて政策提言を行いました。木下順庵の門人ではなく、朱子学よりも経世実用の立場から制度設計を重視します。
• 雨森芳洲：順庵門人ですが、対馬藩に仕えて朝鮮外交（通信使）実務に通じ、「交隣提醒」などで知られます。幕政の中枢で正徳の治を担った人物ではありません。
• 室鳩巣：順庵門人で朱子学者ですが、主に吉宗期の学政に関与しました。家宣の侍講として正徳の治を主導したのは新井白石です。

【正解】2. 貝原益軒

【解説】

貝原益軒（かいばら えっけん／1630–1714）は、福岡藩の儒者として朱子学を基礎にしつつ、実地観察を重んじる本草学・博物学を発展させた学者です。とくに『大和本草』は日本の動植物・鉱物を体系的に記述した画期的著作で、各地の採集・調査に基づく実証的姿勢が高く評価されます。晩年の『養生訓』は、食事・睡眠・感情の制御・節酒など日々の実践を平易な文体で説き、武士から町人・農民にまで広く読まれて生活規範となりました。さらに『和俗童子訓』などの教訓書を通じて、家庭教育や寺子屋教育にまで影響を与えたことが重要です。益軒の特色は、道徳の修養（儒学）と身体の保全（養生）を結びつけ、「知は行に及ぶ」姿勢を徹底した点にあります。これにより学問が上層だけでなく庶民の日常へ浸透し、近世日本の生活文化・健康観の形成に大きく寄与しました。なお、選択肢の新井白石は幕政改革で知られる朱子学者、荻生徂徠は古文辞学派の儒者、平賀源内は蘭学系の博物家で、本草にも通じましたが『養生訓』の著者ではありません。

【正解】3. 熊沢蕃山

【解説】

熊沢蕃山（くまざわ ばんざん／1619–1691）は、日本陽明学の大成者であり、中江藤樹の高弟として知られます。陽明学の核心である「知行合一（知っていることは行いに現れてこそ真の知である）」の実践を掲げ、岡山藩主・池田光政に招聘されて藩政改革に参画しました。蕃山は、農政の立て直しや河川・治水の改善、林野の保護、貧民救済や倹約の徹底、教育の充実（郷学の整備や閑谷学校構想への関与とされる点）など、現場に根差した提言を重ね、藩財政と民生の安定を目指しました。これは学問を官僚制の机上から引き離し、現実の政治・社会の改善に直接結びつける陽明学的実践の典型例です。

もっとも、当時の幕府は朱子学を正統としたため、異端視された陽明学者の蕃山は次第に政治的に疎まれ、失脚・逼塞を余儀なくされます。それでも彼の「行う学」の理念は後世に大きな影響を与え、近世日本の統治や倫理観に実務志向の潮流をもたらしました。なお、①中江藤樹は日本陽明学の祖ですが岡山藩政そのものを主導したのは蕃山です。②山鹿素行は古学派の儒者・兵学者で武士道論で著名、④石田梅岩は町人道徳を説く心学の祖で、いずれも設問の条件には当てはまりません。

【正解】4. 山鹿素行

【解説】

山鹿素行（やまが そこう／1622–1685）は、江戸前期の兵学者・儒学者で、後世の武士道思想に強い影響を与えた人物です。著書『聖教要録』では、朱子学の形而上学（理気二元論や性即理の強調）が道徳実践から遊離していると批判し、孔子・孟子ら「古の聖賢」の教えに直接立ち返るべきだと主張しました。これはのちの「古学」の潮流（古典の原義に基づく実践倫理の回復）に先鞭をつける立場であり、学問を実生活・政治軍事の規範へと結びつける姿勢が特徴です。

素行は兵学家としても知られ、武士の本分を社会の秩序維持と道徳的模範に求める「士道」を説きました。この実践倫理は、武士の生活規範や教育に影響を及ぼし、近世の武家社会に深く浸透します。また『中朝事実』を著して日本中心の歴史観を唱えたことが幕府の忌避に触れ、1666年に赤穂へ配流となりましたが、そこでの教授活動を通じても門人を育て、思想を広めました。

選択肢のうち、伊藤仁斎は古義学を打ち立て朱子学を批判しましたが兵学者ではありません。林羅山は朱子学を幕府の正学として定着させた人物です。山崎闇斎は朱子学・神道（垂加神道）を融合した学者で、朱子学批判の中心ではありません。以上から、本問の条件に合致するのは山鹿素行です。

【正解】3. 伊藤仁斎

【解説】

伊藤仁斎（いとう じんさい／1627–1705）は、京都・堀川に私塾「古義堂（こぎどう）」を開き、町人・武士を広く相手に講学した江戸前期の儒学者です。朱子学の形而上学的な理論に傾く姿勢を批判し、『論語』『孟子』の本文に立ち返る「古義学」を唱えました。仁斎は、道徳は日々の実践の中で確かめられるべき「経験的知」に根ざすと考え、難解な抽象概念よりも平明な日常語での理解と実行を重視しました。とくに「仁」と「誠」を中心徳目とし、親子・朋友・君臣といった具体的関係のなかでの誠実なふるまいこそが学問の核心であると説きます。

著作面では、子の伊藤東涯とともに『論語古義』『孟子古義』を著し、語句の原義をていねいに考証して実生活に通じる倫理を導きました。この実証的・実践的な姿勢は、京都の都市社会と寺子屋教育に大きな影響を与え、のちの古学系諸派の展開にも連なります。選択肢のうち、中江藤樹は日本陽明学の祖、荻生徂徠は江戸の古文辞学派で経世論を展開、林羅山は幕府の正学として朱子学を確立した人物であり、設問の条件に最も適合するのは伊藤仁斎です。

【正解】4. 荻生徂徠

【解説】

荻生徂徠（おぎゅう そらい／1666–1728）は、伊藤仁斎らの古学に学びつつも、より徹底して「経世（国家運営）の学」を掲げ、礼・楽・刑・政といった制度の整備こそが治国の根本であると説きました。抽象的な形而上学に傾く朱子学（宋学）を批判し、先秦の経書に立ち返って古典原文（古文辞）を厳密に読む方法を確立、これに基づく現実的な政治論を展開したため、その学は「古文辞学派」と呼ばれます。

徂徠は寵臣・柳沢吉保に仕えて政治論を練り、のちに徳川吉宗からもしばしば諮問を受け、『政談』『弁道』『弁名』などを通じて具体的な政策・制度設計の指針を示しました。彼の主張は、道徳訓戒よりもまず制度を整え秩序を作るべきだという点にあり、租税・法度・教育・音楽礼制までを射程に入れた包括的な「治道」の再建を目指します。こうした実務志向は享保期の政治改革にも影響を与え、近世日本の政治思想に制度中心の視座を刻みました。

なお、①新井白石は正徳の治を主導した朱子学系の政治家学者、②山鹿素行は武士の実践倫理（士道）を説く兵学者、③伊藤仁斎は『論語』『孟子』に立脚する古義学の祖で、制度重視の経世論を軸に吉保・吉宗に関与したのは徂徠です。

【正解】3. 契沖

【解説】

契沖（けいちゅう／1640–1701）は真言宗の僧で、近世国学の先駆とされる実証的な和学者です。代表作『万葉代匠記（まんようだいしょうき）』は『万葉集』の本格的注釈書として画期的で、語釈・用字・韻律・歌枕・植物名などを広範に検討し、可能な限り古写本に遡って本文校訂を試みました。契沖は万葉仮名と古代の仮名遣いを重視し、後世の仮名遣いの混乱を正すために『和字正濫抄』を著して「契沖仮名遣」を提示するなど、言語学的・訓詁学的な厳密さを特徴とします。これらの方法は、賀茂真淵や本居宣長ら後代の国学者に強い刺激を与え、日本古典研究を「古典本文の確定と用例にもとづく解釈」という学問的基盤へと押し上げました。

選択肢のうち、①賀茂真淵は『万葉考』などで万葉研究を発展させましたが僧ではなく『万葉代匠記』の著者でもありません。②北村季吟は俳諧・国文学の注釈家で『源氏物語湖月抄』などで知られます。④本居宣長は『古事記伝』の著者で、契沖の実証主義に学びつつも別系統の大成者です。従って本問の条件に最も適合するのは契沖です。

【正解】2. 関孝和

【解説】

関孝和（せき たかかず／？–1708頃）は、江戸前期を代表する和算家で、筆算による代数計算（高次方程式の解法・連立方程式の消去など）を大きく発展させました。代表作『発微算法』系統の研究では、未知数の消去を体系化し、のちに行列・行列式の考え方に通じる先駆的処理を示しています。さらに、弟子たちとともに「円理」と呼ばれる求積の理論を築き、極限や級数展開を思わせる手法で曲線下面積を扱いました。これにより、円の面積や回転体の体積など、微分・積分に類似する問題を和算の枠内で厳密に解こうとした点が画期的です。

関孝和の学派（関流）は、日本各地に強い影響を及ぼし、建部賢弘ら優秀な後継者によって円理・級数計算がさらに洗練されました。これらの業績は、単なる実用算術を超えて、理論的枠組みとしての「日本独自の数学」を確立したという点で、近世学術史上きわめて重要です。なお、①吉田光由は『塵劫記』で実用算術を普及させた人物、③渋川春海は貞享暦を作った天文学者、④平賀源内は博物家・発明家で、いずれも本問の条件には当てはまりません。

【正解】1. 渋川春海

【解説】

渋川春海（しぶかわ はるみ／1639–1715、改名前の名は安井算哲）は、江戸前期の天文学者であり、幕府天文方の創始者として知られます。春海は、平安時代以来800年以上用いられてきた中国系の宣明暦が、実際の太陽・月の運行からずれを生じていることを問題視し、自らの恒星・太陽観測、日食・月食の記録、二十四節気の実測などに基づいて暦法を再計算しました。その成果が日本独自の暦である「貞享暦」で、貞享元年（1684）に完成し、翌貞享2年（1685）から幕府の公式暦として施行されます。

貞享暦は一年の長さや朔望の周期の見積もりを精緻化し、節気のずれを大幅に縮めました。これにより、年中行事や農事の基準が現実の季節とよりよく一致し、実生活への影響も大きかったと評価されます。なお、②関孝和は和算を大成した数学者、③伊能忠敬は全国実測による日本地図を作成した測量家、④建部賢弘は暦学・天文学に通じた和算家ですが、宣明暦に代わる公式暦を編纂・導入したのは渋川春海です。