正解:2. 議題設定機能理論(アジェンダ・セッティング・セオリー)
解説:
ウォルター・リップマンは『世論』(1922年)の中で、「人間は現実そのものではなく、メディアを通じて形成された『擬似環境』に基づいて世界を認識する」と論じました。この擬似環境論は、メディアが人々の認識や判断にどのように影響を及ぼすかを理論的に示したものであり、後のメディア研究に多大な影響を与えました。
特に1970年代にマックスウェル・マコームズとドナルド・ショーによって提唱された議題設定機能理論は、リップマンの擬似環境論を実証的に検証した研究として知られています。この理論は、メディアが「何を重要な問題として提示するか」によって、受け手の関心や世論の形成に強い影響を与えることを示しました。つまり、メディアが報じる話題の選び方が、受け手の「何が重要か」という認識に直結するという考え方です。
リップマンの擬似環境論は、メディア研究における認知的効果研究の出発点となり、現代のマスメディア研究の基礎理論として重視されています。
まとめ:
ウォルター・リップマンは、20世紀アメリカを代表するジャーナリスト、政治評論家、思想家です。1889年にニューヨークで生まれ、ハーバード大学を卒業しました。
彼の初期のキャリアは、ジャーナリズムと政治活動が密接に結びついていました。彼は社会主義系の雑誌に関わり、セオドア・ルーズベルト大統領の「進歩主義」を支持しました。第一次世界大戦中には、ウッドロー・ウィルソン大統領の顧問として、国際連盟の設立にも貢献しました。
リップマンの業績の中でも特に重要なのは、メディア論における貢献です。彼は1922年に出版した著書『世論』の中で、「ステレオタイプ」という概念を提唱しました。これは、人々が外界を認識する際に、既存の固定観念や簡略化されたイメージを用いる傾向があることを指摘したものです。また、彼は「擬似環境」という言葉を使い、メディアが作り出す情報空間が、人々の現実認識に大きな影響を与えることを論じました。この視点は、現代のフェイクニュースや情報操作の問題を考える上でも非常に示唆に富んでいます。
彼はまた、ジャーナリズムの役割についても深く考察しました。リップマンは、ジャーナリズムが単なる事実の羅列ではなく、複雑な現実を解釈し、読者に意味のある情報を提供することの重要性を強調しました。しかし同時に、大衆が常に理性的に判断するとは限らないという懸念も抱いており、エリートによる指導の必要性を示唆する側面もありました。これは、ジョン・デューイのような民主主義の可能性を信じる思想家との間で、活発な議論を巻き起こしました。
冷戦期には、彼は国際政治におけるアメリカの役割について多くの論評を発表しました。特に、ソ連に対する「封じ込め」政策を提唱したジョージ・ケナンとは異なる視点から、より柔軟な外交政策を主張しました。彼の国際情勢分析は、当時のアメリカの外交政策に大きな影響を与えました。
ウォルター・リップマンは、その生涯を通じて多岐にわたるテーマについて論じ、多くの著書や記事を残しました。彼の洞察は、ジャーナリズム、政治学、社会学の分野に深く影響を与え、今日でも多くの研究者やメディア関係者によって引用されています。1974年に84歳で亡くなるまで、彼は言論界の第一線で活躍し続けました。彼の思想は、現代社会における情報と民主主義の関係を理解する上で、不可欠なものとなっています。
参考文献:
ウォルター・リップマン著(掛川トミ子訳)『世論』上・下 岩波文庫
J. ラスキン著(鈴木忠雄訳)『ウォルター・リップマン:正義と報道の自由のために』人間の科学社
ロナルド・スティール著(浅野輔訳)『現代史の目撃者ーリップマンとアメリカの世紀』TBSブリタニカ
ウォルター・リップマン著(小林正弥訳)『リップマン・公共哲学』勁草書房
ウォルター・リップマン著(河崎吉紀訳)『幻の公衆』柏書房