正解:2. 自らの哲学と人生を回顧し、著作や思想を自己賛美的に語る、自己解釈的な書物
解説:
『この人を見よ(Ecce Homo)』は、1888年に書かれたニーチェ晩年の著作であり、彼の精神錯乱(1889年)直前に執筆された最も異彩を放つ作品の一つです。タイトルは、イエスが十字架刑に処される前にピラトが群衆に向かって「見よ、この人だ(Ecce Homo)」と語った言葉に由来し、ニーチェ自身を世に問う意味合いを込めています。
この書物は、以下のような章立てで構成され、ニーチェ自身の思想と著作を自ら解説・評価しています:
- 「なぜ私はかくも賢いのか」
- 「なぜ私はかくもよく書くのか」
- 「なぜ私は運命なのか」
それぞれにおいてニーチェは、自らの哲学を強烈に肯定し、キリスト教・現代哲学・ドイツ文化などを痛烈に批判しています。一方で文体はしばしば誇大・挑発的・詩的であり、自己賛美とともに狂気の兆候も読み取れるとされています。
この書は、自己神格化とも取れる発言を多く含みながらも、彼の哲学の総決算的な意義をもち、読者にとってはニーチェ思想への入口であると同時に、深遠な終点ともなり得る作品です。
まとめ:
ニーチェの哲学は、従来の価値観への徹底的な批判と、新たな価値創造への探求が特徴です。彼の思想は、主に「神は死んだ」「ニヒリズム」「ルサンチマン」「永劫回帰」「超人」「力への意志」といったキーワードで要約できます。
まず「神は死んだ」という宣言は、キリスト教的な絶対的価値観の喪失を意味します。これにより、人々は人生のよりどころを失い、深い虚無感、すなわち「ニヒリズム」に直面することになります。ニーチェは、このニヒリズムを克服することが現代人の課題であると考えました。
次に「ルサンチマン」は、弱者が強者に対して抱く恨みや嫉妬心から生じる、道徳や価値観を指します。キリスト教道徳は、弱者のルサンチマンから生まれたものであり、生を否定し、現世的な幸福を罪悪視するとニーチェは批判しました。彼は、ルサンチマンに基づく奴隷道徳に対し、貴族道徳のような、力強く肯定的な生を称揚する価値観を対置しました。
そして、ニーチェの思想の核心の一つが「力への意志」です。これは単なる権力欲ではなく、生命が自己を克服し、高めようとする根源的な衝動を指します。私たちは皆、この力への意志によって突き動かされており、自己の可能性を最大限に引き出すことが重要だと彼は説きました。
この力への意志を体現し、ニヒリズムを乗り越え、自らの価値を創造する者が「超人」です。超人は、既存の道徳や規範に縛られず、自らの生を肯定し、創造的に生きる人間像として提示されました。これは特定の個人を指すのではなく、人類が目指すべき理想の姿と言えるでしょう。
最後に「永劫回帰」は、私たちが経験する全ての出来事が無限に繰り返されるという思想です。この思想は、もしこの生が永遠に繰り返されるとしたら、あなたはそれを肯定できるか、という問いを投げかけます。この問いに対し「イエス」と答えられるほど、自らの生を深く愛し、肯定することこそが、ニーチェが目指した境地なのです。
ニーチェの哲学は、現代社会においても、既存の価値観を見つめ直し、主体的に生きるための示唆を与え続けています。
参考文献:
清水真木著(2003)『知の教科書 ニーチェ』講談社選書メチエ
ニーチェ著(小山修一訳)(2003)『ツアラトゥストラ』(上・下)鳥影社
西研著(2012)『(NHKニュース)「100分de名著」ブックス ニーチェ ツァラトゥストラ』(NHKニュース)出版
杉田弘子(2010)『漱石の「猫」とニーチェ』三秀舎