明治の思想界のことがよくわかる！クイズ10問

正解：3

解説

中江兆民は「東洋のルソー」と呼ばれ、フランス啓蒙思想、とりわけルソーの自然権（天賦人権）と人民主権の理念を日本に紹介し、自由民権運動の理論的基盤を提供しました。人権は生まれながらに人に備わる普遍的権利であり、政府は人民との「契約」によって正統性を得るという考え方を広め、権力が人権を侵害するならば批判・抵抗が正当化されうることを示しました。代表作の『民約訳解』は『社会契約論』の翻訳兼解説で、言論・集会の自由、代議制・立憲主義の必要性を説いています。さらに『三酔人経綸問答』では、近代国家の進路や自由と平等の調和、富国強兵と市民的自由の関係などを対話形式で論じ、民権運動の担い手に強い影響を与えました。これらの活動によって、憲法制定と国会開設を求める世論が成熟し、近代日本の政治文化に自由と権利の価値観が根づいていったのです。

【正解】4
解説
徳富蘇峰（とくとみ そほう）は、1887年に民友社を設立して雑誌『国民之友』を創刊し、続いて1890年には『国民新聞』を創刊した言論人です。蘇峰は当初、「平均的欧化主義」（平均主義とも呼ばれます）を掲げ、西洋の制度や思想の長所を選択的に取り入れつつ、日本の伝統や国情に適合させて漸進的に近代化を進めるべきだと主張しました。急進的な全面欧化でも、頑なな攘夷でもなく、国民の「民力」を涵養しながら国民国家を形成するという立場でした。のちに彼は対外的強硬論・国家主義へ傾斜しますが、創刊当初の『国民之友』『国民新聞』はこの穏健な欧化路線の論壇を支え、多くの知識人・読者に影響を与えました。
なお、選択肢の徳富蘆花は蘇峰の弟で小説『不如帰』などで知られる文学者、福沢諭吉は『時事新報』を創刊した啓蒙思想家、陸羯南は新聞『日本』の主筆として国民主義的言論を展開した人物です。

【正解】2
解説
三宅雪嶺（みやけ せつれい）は、志賀重昂らとともに政教社の中心となり、機関誌『日本』の紙上で国粋保守主義（しばしば「国粋保存主義」とも称します）を理論化した思想家です。雪嶺は、文明開化の流れの中で流布した表層的・模倣的な欧化主義を批判し、日本の歴史・伝統・道徳を基礎にした主体的近代化を主張しました。欧米制度の導入そのものを否定するのではなく、日本の国民的精神に照らして取捨選択し、国家と社会の自立的発展につなげるべきだと説いた点が特徴です。誌面では教育・宗教・社会倫理など多方面から論じ、読者に「日本とは何か」を考えさせる議論を展開しました。
誤答の人物について補足します。陸羯南は新聞『日本』の主筆で、同名ながら雑誌『日本』（政教社）とは別媒体です。徳富蘇峰は『国民之友』『国民新聞』を通じて当初「平均的欧化主義」を掲げ、その後は国家主義色を強めましたが、本問の文脈で『日本』誌上の国粋保守主義を主導した人物ではありません。志賀重昂は政教社の同志として国土観・自然観から国粋を鼓舞しましたが、理論面で旗振り役となったのは三宅雪嶺でした。

【正解】1
解説
日清戦争（1894～95年）の勝利は、国民的自信と帝国拡張への期待を高め、思想界では国家の力を背景に対外膨張を正当化する国家主義が主流化しました。台湾の割譲・賠償金獲得により重工業化や軍拡が進む一方、三国干渉（1895年）の屈辱は「臥薪嘗胆」の合言葉で復仇と大陸進出志向を煽り、国粋主義・日本主義・社会進化論（弱肉強食・優勝劣敗）の語彙と結びついて、帝国主義的な対外政策を後押ししました。論壇でも、当初は欧化・民力養成を唱えた言論人がしだいに強硬な国家主義へ傾斜し、教育・道徳・歴史観の面でも「国民道徳」の強調が進みます。
他方で、幸徳秋水や堺利彦らの社会主義・非戦論は『平民新聞』を通じて反戦を訴えましたが、弾圧や世論の高揚の前に少数派にとどまりました。したがって、日清戦後の主潮は、総じて「日本の対外膨張・大陸進出を支持する国家主義思想」であったといえます。

【正解】3
解説
高山樗牛（たかやま ちょぎゅう）は、博文館の総合雑誌『太陽』の論説を舞台に、1900年前後に「日本主義」を主張した言論人です。彼の日本主義は、欧米列強の帝国主義的圧力が強まる国際環境のもとで、日本が単なる外来模倣に流されることなく、自国の歴史・伝統・美意識・道徳を基礎に国民的精神を鍛え、主体的に近代国家を築くべきだという立場でした。西洋の制度や学芸を全否定するのではなく、日本の国柄に適うものを選択的に取り入れる「主体的受容」を重視した点に特色があります。
一方、誤答の徳富蘇峰は『国民之友』『国民新聞』を通じて当初「平均的欧化主義」を唱え、のち国家主義へ傾斜しましたが、『太陽』で日本主義を提唱した中心人物ではありません。三宅雪嶺は政教社の雑誌『日本』で国粋保守主義を展開した人物です。内村鑑三は無教会主義のキリスト者として道徳・信仰に基づく独自の立場をとりましたが、『太陽』で日本主義を掲げた論者ではありません。以上から、本問の正解は高山樗牛となります。

【正解】4
解説
明治期の加藤弘之（東京帝国大学教授）らは、ダーウィンの進化論やスペンサーの社会理論を背景に「適者生存」「優勝劣敗」の観念を社会・国家間の関係にまで拡張した「社会進化論」を積極的に紹介・普及させました。社会進化論は、生物学的な競争原理を比喩的に人間社会へ適用し、国家の強化・軍備拡張・殖産興業を自然の摂理にかなうものとして正当化しやすい枠組みを与えました。とりわけ日清・日露戦争期の国際環境では、帝国主義的な大陸進出や国力競争を「文明の進歩」や「自然の淘汰」と結びつける言説が世論形成に大きな影響を及ぼしました。
誤答について補足します。①国粋主義は三宅雪嶺・志賀重昂らが伝統的価値を基礎に国民精神を強調した立場で、社会進化論の競争原理と必ずしも同一ではありません。②功利主義はベンサムやJ・S・ミルに由来する最大多数の最大幸福を基準とする倫理・政治哲学です。③平民主義は中江兆民らの民権思想に近く、国家間の弱肉強食を肯定する思想ではありません。したがって本問の正解は「社会進化論」です。

【正解】2
解説
家族国家思想とは、日本国家を「家」にたとえ、天皇を家長＝父、臣民をその子として位置づける見方で、忠（君主への忠義）と孝（家族への孝行）を一致させて「忠君愛国」を道徳の中心に据える考え方です。明治23年の教育勅語が掲げた徳目（孝悌・忠義・礼儀・勉学・公益など）を基盤に、明治36年以降の国定教科書制度のもとで編まれた『修身書』には、国家と家の同型性や、家制度・序列・性別役割を重んじる価値観が物語・挿話・訓話の形で数多く盛り込まれました。学校現場では勅語奉読・御真影敬拝などの儀礼と結びつき、国家への帰属意識と規律を涵養する道徳教育として機能しました。
誤答について補足します。①は自由民権的・リベラルな個人主義で、家族国家思想とは方向が異なります。③は無差別な全面欧化論で、家族国家思想は伝統的徳目を重視します。④は政教分離・宗教自由の強調であり、修身の国民道徳とは目的を異にします。以上から、本問の正解は「日本を天皇を頂点とする一大家族とみなし、忠君愛国の精神を強調する思想」です。

【正解】2
解説
久米邦武（くめ くにたけ）は、東京帝国大学で歴史学を講じた近代実証主義史学の代表的研究者です。1891年（明治24年）に『史学会雑誌』に発表した論考「神道は祭天の古俗」は、神道を教義や教団をもつ体系的宗教というより、古来の祭祀・国家的儀礼（祭天）に根ざす伝統的慣行として捉え直すものでした。この見解は、天皇と神道を国家統合の中心に据えようとする当時の国体観・国家主義的世論と鋭く衝突し、神道家や政界・言論界から激しい攻撃を受けます。その結果、久米は大学当局の圧力を受け、帝大教授の職を辞さざるを得なくなりました。
この事件（久米邦武筆禍事件）は、近代日本における学問の自由と国家イデオロギーの緊張関係を象徴する出来事として位置づけられます。実証的史料批判にもとづく歴史叙述が公的イデオロギーに抵触したとき、研究者がいかに脆弱な立場に置かれたかを示した点で大きな意義があります。なお、誤答の津田左右吉は後年『日本書紀』研究で弾圧を受けた歴史学者、重野安繹は久米の師にあたる近代史学の先達、平田篤胤は国学者で神道復古を唱えた人物です。

67歳の内村鑑三（1928年5月） (Wikipedia)

【正解】2
解説
内村鑑三不敬事件は、教育勅語（1890年公布）の奉読・拝礼が学校儀礼として強化されるなか、1891年（明治24年）に第一高等中学校（のちの第一高等学校）で英語教師を務めていた内村鑑三が、キリスト教信仰に基づき深い礼を行うことを拒み、「不敬」と非難されて教壇を去るに至った出来事を指します。内村は天皇や国家そのものを否定したのではなく、宗教的崇拝と国家儀礼の混同に良心上の異議を唱えたと説明しました。しかし当時の世論・報道は厳しく、学校当局の圧力もあって辞職に追い込まれます。
この事件は、近代日本で宗教の自由・信教の良心と、国家による道徳統合（修身教育・教育勅語体制）との緊張を象徴する出来事でした。以後、学校現場では勅語奉読・御真影敬拝が一層制度化され、国家道徳が強化されていきます。一方の内村は、のちに無教会主義のキリスト者として独自の宗教運動と著述活動を展開し、日本のキリスト教思想に大きな足跡を残しました。
誤答について補足します。①久米邦武筆禍事件は、神道観をめぐって歴史学者の久米が攻撃され帝大教授を辞職した1891年の事件です。③大逆事件は1910～11年に社会主義者らが弾圧され多数が処刑・監獄送りとなった事件です。④津田左右吉事件は1930年代末～40年頃に古代史研究が発禁・弾圧を受けた出来事で、本問のケースとは時代も性格も異なります。

【正解】2
解説：
正解は新渡戸稲造です。新渡戸は1862年生まれの教育者・国際人で、1900年に英語で『Bushidō: The Soul of Japan（武士道）』をアメリカで刊行しました。本書は、日本社会の道徳的基盤を「武士道」という倫理体系に見出し、義・勇・仁・礼・誠・名誉・克己といった徳目を、西洋人にも理解できる概念で丁寧に解説した著作です。日本文化をキリスト教倫理や古典古代の徳と対応づける説明は当時の欧米読者に大きな印象を与え、『武士道』という語を国際的に広める決定的な役割を果たしました。のちに各国語へ翻訳され、日本でも広く読まれます。新渡戸はその後、国際連盟事務次長（1920年代）として国際協調に尽力し、戦前日本を代表する国際教養人として記憶されています。
一方、誤答の人物にも近しい文脈があります。岡倉天心は英語で『The Book of Tea（茶の本）』（1906）を著し、日本美術・茶の精神を紹介しました。福沢諭吉は『学問のすゝめ』で近代啓蒙を推進し、内村鑑三は無教会主義で知られる思想家ですが、『武士道』の著者ではありません。以上の点から、新渡戸稲造が最も適切な答えとなります。