モリソン号 (Wikipedia)

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列強の接近のことがよくわかる!クイズ10問

日本史クイズ

列強の接近のことがよくわかる!クイズ10問

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Q1. 安永7年(1778)、ロシアが積極的な対外進出を求めて蝦夷地で松前藩に通商を求めたときのロシアの皇帝は誰でしたか?

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Q2. 寛政4年 (1792)、ロシア使節として根室に来航し、通商を求めてきたのは誰でしたか?

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Q3. 寛政10年(1798)、幕府が東蝦夷地を直轄地とし、函館奉行を設けたのは、どんな事件がきっかけになっていましたか?

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Q4. 文化元年(1804)、ロシア使節レザノフが長崎に来航し、通商関係の樹立を求めたのに対し、幕府はこれを拒否しました。その結果、どんな事件が起きましたか?

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Q5.文化5年 (1808)、北方警備のために、幕府から樺太の探査を命じられたのは誰ですか?

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Q6. 文化9年(1812)、国後島に上陸し、捕えられて2年以上も監禁されたロシア軍艦の艦長は誰ですか?

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Q7. 文化5年 (1808)、イギリス軍艦が長崎港に侵入し、オランダ商館員を人質にとって薪水・食料を強要した事件は、何と言いますか?

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Q8. 文政8年 (1825)、来航する外国船に対する穏便な対応方針を変更し、日本沿岸に来航する外国船を撃退するよう命じた幕府の指令は、何と言いますか?

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Q9. 天保8年(1837)、浦賀に来航した外国船を奉行所が異国船打払令に従って砲撃し退去させたことに対し、洋学者らが厳しく批判した事件をなんと言いますか?

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Q10. モリソン号事件について、洋学者の渡辺崋山と高野長英は、幕府の打払い政策を厳しく批判しましたが、幕府は渡辺崋山を永蟄居、高野長英を永牢に処しました。この弾圧事件を何と言いますか?

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